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2009年10月31日

直江兼続名裁き?

昨日記載した本にも載っている事で、私も「これはひどいな」と思っていた事について書きます。

慶長三年(1593年)京都伏見において上杉家家臣横田式部が雇っていたs茶坊主を無礼討ちにした事件において、茶坊主の一族が怒って「本人を生かして返してくれ」と兼続に訴えた事件。

兼続は斬った式部にも悪い所があるという事で、式部に支払わせ、死者を弔うように判決。

これに対し訴訟人は「金をつまれてもだめだ。生き返らせろ。」と息巻いた。
どれだけ兼続が説得しても「生き返らせろ」の一点張り。

兼続は「どうしても生き返らせというのか?」と質問した所、訴訟人は「そうだ」というので「それなら仕方ない。願いをかなえよう。」といい「死者を呼ぶには冥土に呼びに行く者がおらねばならぬ。大義ながらその方ら閻魔の庁へ参りかの者を申し受けて来て欲しい。」というと即座に訴訟人(二人)を捕え往来橋で成敗した。

そこに、兼続自ら筆を取り「いまだ御意を得ませんが、一筆申し入れます。横田式部が召抱えの茶坊主、不慮の事にて相果てました。親類どもが呼び返してくれと申しますので、二人の者を迎えに遣わします。どうか死人をお返しくださりますようお願いいたします。 閻魔大王殿 直江山城守兼続」と書いた高札を掲げた。

流石の親族達もしゅんとなって一件落着したとのこと。

このくだりは知的生き方文庫から出版されている楠戸義昭氏の書かれた「戦国武将怖い話、意外な話」を参考にしました。

楠戸氏は「兼続にとって、後味の悪い裁きだったであろうが、豪胆にして知略に優れた兼続らしい裁きであったと言えよう。」と締めくくられています。

このくだりを昨日お話した一水社の「本当は怖い戦国武将たち」では「ムカつけば領民を惨殺。賠償問題でゴネた相手にムカついて三人をまとめて惨殺。これで名裁きといわれても・・・。」と評されてます。

まあ、いかにも兼続が常にムカついたら領民を殺していたような表現になっていて(実際はそんなことはなかったと思いますが…。)こじつけ臭い所はありますが、この一件はやはり兼続がひどいと思います。

不可能な事を要求し続ける訴訟人も訴訟人ですが、それに対して兼続は「ペテン」と「恫喝」で答えた訳ですよね。

ただ、この件は折り合いがつかず、落とし所がなかった事件なんで、こういう行動を取った兼続にも同情します。

ちなみに、会津120万石から米沢30万石に減らされた上杉家は1人もリストラせずに乗り切る訳ですから、今大河ドラマで放送されているのはまさに時を得た形になるのですが、無理な人数を養わされた農民はかなり年貢が重かったのだろうと思われます。

一水社の「本当は怖い戦国武将たち」にも「年貢が重く、他領へ逃亡する者も多かった」と指摘しています。


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posted by たか at 17:51| Comment(0) | 戦国時代(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

面白い本、見つけました

1か月程前ですが、コンビニで「本当は怖い戦国武将たち」(青山誠氏著 一水社より出版)という本を見つけ、購入していたのですが、まだ読んでませんでした。

今読み始めている所です。

内容は戦国時代の武将50名(毒婦5名、その他いくつかのコラムもあります)について、彼らの通説と本当はこんなに恐ろしい事をしている(虐殺等)という事を書いている本です。

また、各々について鬼畜度、変態度、腹黒度、冷酷度のパラメータ(5段階評価)がついていて、極悪偏差値がついています。

各々がどんな悪い事をしているかをこじつけも含め、かなり書かれています。

この本、現状まだ15名程読んだだけですが、感じるのは「青山誠氏はあまり戦国時代に詳しくないんだな。」という事です。

まず、毒婦の土田御前(織田信秀の正室)の記載において、「長男信長との〜」という記載があります。

実は信長は、嫡男ではありますが次男です。
(長男は側室の子供)

正室の子に生まれた中で1番年上だったから彼が嫡男となった訳ですね。

また、徳川家康の記載で正室築山殿と嫡男信康を信長の命で殺害(信康は切腹)した事についてその理由として「武田勝頼との密通」と記載してますが、この時代で密通と言えば不倫関係になる事。

正しくは内通ですね。

「自分にプラスになる事(信長との関係維持)の為には長年連れ添った妻や血を分けた息子であろうが躊躇なく殺す事が出来る」と家康はひどいと綴っているのですが、築山殿と家康は今川の人質時代に義元から無理やり結婚させられてたようなもの。(当時の家康は否と言える立場ではなかった)
情はあまりないに等しい。
(ずっと別居状態でしたしね。)

まあ、嫡男信康の切腹はひどいと思うが、こちらも色々と説がありますね。
(家康の子供ではなかったとか、本当の家康はすでに死んでいてこの頃は別人が家康になり済ましていたとか…。)

どちらにしろ、あの時期の家康の立場としては受けざるを得なかったのではないですか?
(どういう思いで家康が切腹を命じたかはわかりませんが、むしろ嫡男の切腹を言いつける信長の方がひどい訳で…。)

その他、藤堂高虎、後藤又兵衛等には「忠誠心ゼロ」と批判めいた記載。

忠誠心という物が取りざたされるのは江戸時代以降(江戸幕府は儒教を都合のいいように使い、人々をある意味洗脳してました。)の思想で、戦国時代は「より給料のいい所」、「より働きやすい所」を探して主を変える事は決して悪とはされなかったのですが…。

また、可児才蔵の項では彼が討った首を持ち歩くのは戦場において非効率という考えから全て持ち歩かず、討ち取った骸に笹をくわえさせて(自分が討った事を示す為に)戦場に放置したくだりを指し、「敵兵の首は物同然。戦場では効率的に殺す事だけを考えて行動した。」なんて言ってひどい(恐ろしい)武将だといっています。

・・・当たり前ですよね。

戦ですからいかに効率よく敵を倒すかがポイントとなるんですから。

非難される事ではないような…。

明らかにこじつけです。

とまあ、ちょっと唖然とする事が多いですね。
(そういえば、参考文献も怪しい物がいくつか記載されてました)

この本は恐らく最近の歴女ブームに乗ろうと適当につくられたんでしょうね。
(いや実は…みたいな本ってちょっと魅かれるじゃないですか。「俺、別の話知ってるんだよ。実は彼は…」みたいに言えますしね。)

世の中には通説と新説(真説)なんて言われている物があります。

要は正攻法と奇策みたいなもので、新説という物を先に読むと曲がって理解されるのでは?と思います。

あくまで、通説があってそれに対する新説なんですよね。
(だから、先に通説を読むべき。)

また、「新説」とか「実は」みたいな本はそこで目を引く事を考えて案外内容がこじつけであったりとか、その新事実が書かれている出所が胡散臭かったりします。

やっぱり、通説を読んでデザートに「新説」とか「実態」みたいなのを読むのがいいと思います。

まあ、この本の悪い所を記載してきましたが、中には「こういう考え方もありといえばありかな?」って内容もあると思いますので、最後まで読みたいと思います。

また、「こういう考え方はあり」とか、「これはこじつけやで」とかもブログに記載していきたいと思います。
posted by たか at 19:16| Comment(0) | 戦国時代(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

細川ガラシャ

私の友人が10年近く前まで京都府長岡京市に住んでいました。

彼の住んでいたマンションのすぐ近くに勝竜寺城があり、この地域では今でも「ガラシャ祭り」が行われます。
この城は昔、細川藤孝が治めていた時代があり、その頃に細川忠興と結婚式を挙げ、新婚生活をおくった場所の為、ゆかりの地としてガラシャ祭りがおこなわれます。

細川ガラシャという名前は有名になってますが、実は当時は夫婦別姓の為、正式には「明智珠」もしくは「明智ガラシャ」というのが正しいとの事です。
(Wikipediaに書いてました)

このガラシャという人、かなり美人だったらしいが、本当に幸薄い人でした。

名前の所で書いた通り、この人は明智光秀の娘です。

今の感覚で言うと「なんで明智光秀の娘なんかと結婚すんね〜ん。」なんて言うかもしれませんが、細川藤孝と明智光秀は足利義昭が放浪していた際の側近で、明智光秀は織田信長と足利義昭の橋渡しをした功績で出世の足がかりをつかむわけですから、元々同僚なんですね。
(二人とも織田信長に鞍替えしている所も同じ。)

因みに、明智光秀は本能寺の変で一番頼りにしていたのは細川藤孝との事。
(藤孝はその折、明智と縁を切りますが…。)

本能寺の変後、細川家は羽柴方についた訳ですから普通なら離縁される所なんですが、忠興は幽閉します。
(別れられない程、好きだったんですね。そういえば忠興はガラシャが他の男としゃべる事を禁じてたり、しゃべった男を斬ったりと、相当嫉妬深かったらしいです。)

後に秀吉の計らいで戻りますが、キリスト教に興味を持ち洗礼されてしまう訳ですね。
(バテレン追放令が出た後との事。中々勇気がありますね。)

そこで洗礼名「ガラシャ(神の慈悲)」を受ける事になります。

秀吉、利家が死に、世の中は関ヶ原へと向かっていく中で、細川忠興が上杉討伐に出陣した際、石田三成が挙兵し、大阪近辺にいる大名の奥方を人質(当時は多くの大名が大阪屋敷に奥方を置いていた)に取ろうとして、まず目をつけたのがガラシャでした。

屋敷を兵に囲まれたガラシャは夫の「万が一の場合はそなたも武家の妻として果てる覚悟を持つように」という言葉を思い出し、死を選びます。

しかしながら、キリスト教は自害を禁じてます。
その為、側にいた家臣に「その刀で私を刺しなさい!」と言って見事に散ったとの事。

家臣が屋敷に火を放ち、その亡骸は炎に包まれたらしい(享年38歳)。

自分が何も悪い事をしていないのに父親の謀反や夫の戦の為に壮絶な生き方、死にざまをしなければいけなかった事に同情します。

宗教に入信する人は心につらい思いを持っていたり、境遇の悪い人生を歩んでいたりする人が多いと聞きます。
(私の友人も阪神大震災でお姉さんが亡くなり、その後宗教にはまった人がいます。)

元々宗教や死後の世界の発想は奴隷階級から発したという話も聞いた事があります。
今の自分の境遇に悲観した人が死後の世界では素晴らしい人生を歩めると信じるようになったり、神様にすがって自分を助けてもらいたいと願うようになったり…。

まあ、現代では色々な理由で信仰深い人(私は無信教者ですが、信仰深い人に対して自分の信じる道を行けばいいと思うので何とも思いませんが)は多くいますし、そういう境遇の人たちばかりが宗教を信じる訳ではないでしょうが、ガラシャは父親の謀反、夫からの幽閉措置など心につらい物を持っていて、それがキリスト教信仰につながって行ったのでしょうね。


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posted by たか at 16:23| Comment(0) | 戦国時代(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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