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2009年10月22日

豊臣秀吉という人物

豊臣秀吉は私が大阪生まれという事もあり、かなり好きな武将ではあります。

一般的には「陽気」とか、「機転が効く」とか、「血を好まない」とかいったイメージがありますね。
(私も結構いいイメージを持ってます。)

しかしながら、正直言うと、陰湿なイメージも持っています。
(恐らく、これがなければあそこまで昇らないでしょう。)

私としては中国における劉邦(リュウホウ:漢王朝の創始者)とイメージが若干ダブル所があります。
(多くの部分で違うのですが・・・。)

その部分というのは劉邦が中華統一を果たした後、功績のあった家臣を次々に殺して行った所。
(狡兎死して走狗煮られる 例えば韓信 カンシン、英布 エイフなど・・・。)

秀吉は劉邦程残忍ではないですが、やはり粛清(程ではないが)してますね。

良く言われている話ですが、織田信長の訃報に接した際に泣き崩れる秀吉に対し「殿の天下が来ました。」的な事を進言した事から、「奴は俺と同じ事を考えている。」なんて思い、危険視されたとの事。

結局、官兵衛の活躍からすれば大きな領地があってもおかしくないにも関わらず、中津12万5千石にとどまるわけですよね。

また、その後も家臣に秀吉が「わしに代わって次に天下を治めるのは誰か?」との問いに対し徳川家康、前田利家等々の名前を挙げる家臣に対し官兵衛を挙げ、「官兵衛がその気になればわしが生きている間にも天下を取るだろう。やつに100万石を与えた途端に天下を奪ってしまう」と噂が伝わる事を承知でいい、身の危険を感じだ官兵衛が隠居するように仕向ける。

かなりの恐れっぷりでしょ。

その他、千利休を切腹に追いやった辺りも同じ匂いがしますね。

官兵衛にはその実力を恐れ、千利休には茶道における影響力(世論を作る事が出来る)を恐れ、それぞれ違う形ですが、追いやった訳ですね。

また、柴田勝家を滅ぼしたり、滝川一益を追いやったり、佐々成政を切腹に追いやったり、徳川家康を関東に移封したりと、死に追いやるケースはまれにしかないが、彼なりの粛清をしてますね。
(蒲生氏郷を毒殺したって説もありますね。)

もちろん、勝家、一益、成政、家康は秀吉股肱の臣ではないですが・・・。
(加藤清正や福島正則はあまり恐れなかったようですね。)

しかしながら、成政には難しい領国(肥後)を与えて一揆発生とそれを鎮圧できなかったという事で切腹させられてますよね。
(切腹に追い込むの為のシナリオだったのでしょう。)

また、本能寺の変、黒幕説もあります。

私の意見では黒幕という影のトップでは無く動かされたコマの一つか、関わってはいないが陰謀を察知してそてに合わせて動き出したのでは?と考えていますが・・・。

もし、竹中半兵衛が死なずに天下統一後の豊臣政権にいたとしたらどうなっただろう?と考える事があります。

結局、半兵衛好きの私には2通りしか思い浮かびません。

1つは劉邦の謀臣、張良(チョウリョウ:劉邦を支えた参謀で中国史上最高級の参謀)のように身を引いたのでは?と思います。
(張良は仙人になると言って身を引いたが半兵衛は普通に隠居と思うが・・・。)

もう1つは領地は与えられるがそこは息子に任し、秀吉の傍らに侍ったのでは?と思います。

また、秀吉も半兵衛は官兵衛のように危険視する事もなかったと考えています。

この秀吉という男、弟秀長の死から狂います。

本当に頼れる存在だったんですね。

実際に彼が本当に気を許したのは竹中半兵衛と豊臣秀長位かも・・・。
強いて挙げれば小六ですかね。
(長宗我部の押さえに阿波に置くくらいですから。)

そういうとやはり譜代の家臣を持たない秀吉の寂しさが伝わってきます。

朝鮮出兵については私は老人ボケと思っていますので、あまり意見はありません。
(石田三成、小西行長等々に騙されていたのは可哀そうですが・・・。)

御多分にもれず、秀吉も陰惨な部分を持っていますね。
(でも好きな武将ですよ。)


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posted by たか at 16:02| Comment(0) | 戦国時代(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

西郷隆盛の顔

御存じの通り、教科書に載っている有名な西郷隆盛はうその顔です。

実は、彼は写真が残っていないとの噂を聞いた事があります。
(北方謙三氏も著書「黒竜の棺」でその事に触れられていました。)

あの有名な絵は弟の西郷従道、親戚の大山巌をモデルにして書かれた物です。

ちなみに上野公園にある西郷隆盛像もどうもへんらしい。

像が出来上がり、お披露目会に奥さんを呼んだらしいですが、幕を下ろして像が紹介された際に「うちの人、こげな人じゃなかよ。」といった話は有名。

ちなみに西郷隆盛をWikipediaで調べたところ、3度目の奥さんとの間に生まれた寅太郎は武豊・武幸四郎の曾祖父の兄弟園田実徳の娘・ノブと結婚しているので、遠縁にあたるらしい!!
(知らなかった・・・。)

西郷隆盛は、多くの本で登場し、そのキャラクターは豪放磊落とか、人情に厚いって感じに書かれてるが・・・。

北方謙三氏は著書「黒龍の棺」で絶対人前に姿を現さず(一部の人しか顔を知らない)、中村半次郎をボディーガードにつけた暗殺部隊の黒幕といった形で書かれてます。
(もちろん暗殺だけが仕事ではないが・・・。)

この本に出会って、なるほど!って感じでした。

実はどうも私は西郷のイメージにしっくりこない部分がありました。

例えば、江戸城の無血開城の茶番。

恭順の姿勢を貫いている幕府に対して、どうしても戦争を仕掛けたい姿勢を薩摩は取ります。

江戸で浪人が人殺し等々の事件を起こして、捕吏が追っかけて行くとみんな薩摩屋敷に逃げるので詮議した所、「喧嘩を売った」と言いがかりをつけて攻めて来た訳ですよね。

その作戦はあの当時で行くと西郷の策と思われます。
(かなり、強引で陰湿ですよね。)

その後、勝海舟と会談して江戸城無血開城となるわけですが・・・。

これは勝と西郷の間で示し合わせてたとしか思えないですよね。

また、勝が明治政府で要職を占める為にわたりをつけた策では・・・?
と思ってます。

どうも、巷で広まっている西郷隆盛はつくられた人柄なのでは・・・。

また、謎の部分もかなりあります。

謹慎処分、島流し・・・。

この人本当に巷で言われる通りなの?

首をかしげます。

今のところ北方氏に賛成です。

ちなみに、しばらく前に本物、偽物で話題になった寺田屋には西郷隆盛と言われている人物の写真があります。

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posted by たか at 18:33| Comment(2) | 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

諸葛亮の人を見る目2

昨日に引き続き、諸葛亮の人を見る目について私見を述べたいと思います。

姜維伯約(キョウイハクヤク:伯約は字)。
三国志演義において、諸葛亮(ショカツリョウ)の後継者となり、兵法24編を送られる武将。
(史実では兵法を送られるとか、後継者にするとかいう記載はありません。私も諸葛亮の兵法を読みましたが24編ではなかったです。ただ、この本も後世の作と言われてます。)

初登場は魏の武将として現れ、諸葛亮の策を全て返すというすばらしさ。
また、武においては趙雲(チョウウン)と一騎打ちして引き分ける実力。
(でもこの頃の趙雲って恐らく70歳くらいなんだよな・・・。)

文武に秀でた名将として登場します。

じゃあ、彼の何が悪いのか?と言いますと、三国志演義ではスーパーな活躍をする彼は史実においては少々趣が変わります。

正史における彼の行動は「無謀な北伐を繰り返す戦争屋?」と受け取れます。
(実際、費イに戦争を許可してもらえず、諸葛贍:諸葛亮の子供 他から追放されそうになってます。)

彼が北伐(魏国に攻め込む事。蜀の国是でもあった。)を開始するのは費イが暗殺された後となります。
 費イ在任中は
 「我々は丞相(諸葛亮)に遥かに及ばない。丞相さえ中原(魏)を平定
  できなかったのだ。我らなどでは問題外だ。功業樹立は能力の
  ある者の到来を待とう。」
 と姜維に言っていた。

結局8度の北伐を行い、内政を顧みなかったので蜀は国力を疲弊させ、滅亡の一因となります。
(諸葛亮の北伐も国力は削りましたが、まだしっかりと運営できていた。)

もちろん、戦争においては素晴らしい才能を持っており、当時の蜀では彼を置いて戦争が出来る人はいなかったように思えます。
(事実、諸葛亮も彼の軍事的センスを評価し、涼州最高の人物と言ってます。)

蜀滅亡後、彼は鐘会をそそのかし蜀再興の為反乱を企てるが失敗して殺害されます。
(ちょっと無謀のような・・・。)

昨日の馬謖、本日の姜維と、諸葛亮の起用を見ましたが、結局姜維は三国志演義の創作で後継者となっただけの為、諸葛亮の起用とは関係ないのではずします。
(諸葛亮のような人物が上にいれば姜維も相当な活躍をできたんですが・・・。)

結論としては、馬謖を選んだ諸葛亮の眼はNG!。

しかしながら、彼が自分の後継者として推挙した蒋エン・費イについては流石と思わせる。

馬謖の起用は納得いかないが、後継者選びは納得の為、まずまず人を見る目を持っていたんだろうなと思います。
(ん!?待てよ蒋エン・費イは荊州派閥。やはり荊州を愛してたのか・・・。)



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posted by たか at 15:44| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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