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2009年10月20日

諸葛亮の人を見る目2

昨日に引き続き、諸葛亮の人を見る目について私見を述べたいと思います。

姜維伯約(キョウイハクヤク:伯約は字)。
三国志演義において、諸葛亮(ショカツリョウ)の後継者となり、兵法24編を送られる武将。
(史実では兵法を送られるとか、後継者にするとかいう記載はありません。私も諸葛亮の兵法を読みましたが24編ではなかったです。ただ、この本も後世の作と言われてます。)

初登場は魏の武将として現れ、諸葛亮の策を全て返すというすばらしさ。
また、武においては趙雲(チョウウン)と一騎打ちして引き分ける実力。
(でもこの頃の趙雲って恐らく70歳くらいなんだよな・・・。)

文武に秀でた名将として登場します。

じゃあ、彼の何が悪いのか?と言いますと、三国志演義ではスーパーな活躍をする彼は史実においては少々趣が変わります。

正史における彼の行動は「無謀な北伐を繰り返す戦争屋?」と受け取れます。
(実際、費イに戦争を許可してもらえず、諸葛贍:諸葛亮の子供 他から追放されそうになってます。)

彼が北伐(魏国に攻め込む事。蜀の国是でもあった。)を開始するのは費イが暗殺された後となります。
 費イ在任中は
 「我々は丞相(諸葛亮)に遥かに及ばない。丞相さえ中原(魏)を平定
  できなかったのだ。我らなどでは問題外だ。功業樹立は能力の
  ある者の到来を待とう。」
 と姜維に言っていた。

結局8度の北伐を行い、内政を顧みなかったので蜀は国力を疲弊させ、滅亡の一因となります。
(諸葛亮の北伐も国力は削りましたが、まだしっかりと運営できていた。)

もちろん、戦争においては素晴らしい才能を持っており、当時の蜀では彼を置いて戦争が出来る人はいなかったように思えます。
(事実、諸葛亮も彼の軍事的センスを評価し、涼州最高の人物と言ってます。)

蜀滅亡後、彼は鐘会をそそのかし蜀再興の為反乱を企てるが失敗して殺害されます。
(ちょっと無謀のような・・・。)

昨日の馬謖、本日の姜維と、諸葛亮の起用を見ましたが、結局姜維は三国志演義の創作で後継者となっただけの為、諸葛亮の起用とは関係ないのではずします。
(諸葛亮のような人物が上にいれば姜維も相当な活躍をできたんですが・・・。)

結論としては、馬謖を選んだ諸葛亮の眼はNG!。

しかしながら、彼が自分の後継者として推挙した蒋エン・費イについては流石と思わせる。

馬謖の起用は納得いかないが、後継者選びは納得の為、まずまず人を見る目を持っていたんだろうなと思います。
(ん!?待てよ蒋エン・費イは荊州派閥。やはり荊州を愛してたのか・・・。)



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posted by たか at 15:44| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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