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2009年11月19日

赤壁における諸葛亮の功績

長らく、三国志ネタを書いていませんでしたので、ちょっと書いてみます。

三国志において重要な位置づけをされている「赤壁の戦い」という戦がありました。

昨年から今年にかけて、「レッドクリフ PartT,U」が放映されましたので、ご存じの方も多いと思います。

この戦、何故重要かというと100万(通称)の曹操軍が10万(通称)の孫権軍に敗れたからではなく、この戦いを境に三国鼎立となるから重要な戦なのです。

一般的に読まれている三国志は三国志演義というもので、いわゆる小説です。

こちらを読まれている方が多いと思いますので、少しおさらいします。

概略は、曹操に蹴散らされた劉備軍から諸葛亮が呉の使者魯粛に伴われて呉に行きます。

呉では曹操に対し、降伏派と決戦派に分かれていてその降伏派の方々を諸葛亮が論破します。

ここで、開戦となるのですが、その後、呉の大都督周瑜に諸葛亮が危険視され、さまざまな無理難題を押し付けます。

まず、「矢が足りない」といって諸葛亮に10万本の矢の用意を以来します。

3日で用意すると豪語した諸葛亮にできなければ死罪といいつけます。

諸葛亮は2日目の晩に藁を積んだ船を大量に用意して曹操陣営に近付き、敵襲を装い、曹操軍が矢を射てくると船の側面を向け、積載している藁束に矢を受けます。

しばらくすると船を反転させ、逆側にも矢を受け、呉の陣営に帰ります。

そうすることで、10万本の矢を入手し、周瑜の度肝を抜きます。

また、諸葛亮と周瑜は丕攻めで合意してますが、呉軍に有利な東南の風が吹かない事を懸念する周瑜に対し、諸葛亮が七星壇を築かせ祈祷をすることにより風を呼び、その風に乗って火攻めを行い、呉軍が大勝します。

とまあ、諸葛亮が八面六臂の大活躍ですが、実際の諸葛亮は単身呉軍に乗り込んだのは確かのようですが、10万本の矢を用意してもなければ、風を呼んだ訳でもありません。

何かしたのかも知れませんが、正史三国志には記述が無いのです。

ちなみに、10万本の矢は後に孫権が曹操と戦った際に曹操軍から射られた矢の数が多く、船が転覆しかかったので、180度ターンして逆側にも矢を受け、転覆を防いだ事のパクリといわれてます。

赤壁の戦いは周瑜が曹操を破った戦で、諸葛亮、劉備はわき役に過ぎなかったのです。

三国志演義は劉備を主人公にし、諸葛亮を神がかった軍師にしている為、どうしても世紀の大決戦で活躍の場を与えたかったのですね。

私的には、あの状況の劉備軍を代表して諸葛亮が呉に赴き、同盟を結んだというだけでも、十分な働きをしたと思うのですが…。


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posted by たか at 02:28| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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