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2009年12月17日

織田軍団の強さの秘訣

日本の戦国時代は、織田信長の登場により劇的な変化をし、その家臣や同盟者が完全に日本をまとめるという形で終息します。

織田の部隊と言うと、当初は尾張の兵ですね。

この尾張の兵というのは一般的には弱いのです。

当時の最強部隊は恐らく武田信玄軍と思われます。

まず、兵だけを見て考えると恐らく、東北諸国、関東諸国、甲斐、信濃等は強かったと考えられます。

というのは、今挙げた国々は産業があまり発達していないのです。

基本的に多くの農民の生き方としては農業か兵隊になる訳です。

しかしながら、尾張や関西(京都周辺)等は商業が発達し、農業と兵隊以外にも生きていくすべがあるわけです。

人は、「これしかない」という状況と、「これがだめならほかに道がある」という状況では当然、「これしかない」という状況の人が強いですよね。

その中で、先ほど最強は武田軍と言いましたが、甲斐の国は正直、食材も少なく、雪も降る。

人々は他の地方では食べないものを食材にしたりし、我慢と質素という事に自然と慣れています。

それだけならば他にも国はありますが、何といっても大将の器が違います。
(そこに従う将も。)

その為、武田軍が一番強いと考えております。

そんな状況で織田軍が勝ち残れたのは…。

まず、強い相手と戦わなかったという事がありますね。

織田信長は武田信玄、上杉謙信が生きていた頃は徹底的に貢物や縁談などをして、極力戦わないようにしてました。
(実際、武田信玄が京を目指して徳川領に攻め込んだ際も建前上の援軍しか出さず、本気で戦ってませんしね。まあ、上杉との手取り川の戦いはこっぴどくやられましたが…。)

次に、経済に目をつけた事。

国が豊であれば武器も兵も揃う事を知ってましたね。

信長オリジナルではないですが、関所の撤廃と楽市楽座。

当時の日本にはいたる所に関所があり、その土地を治める豪族達が通行料を取り、収益にしてましたが、信長は自領ではそれを撤廃しました。

また、楽市楽座は当時の日本では物を売るにも色々と許可を申請して、許可が下りた商人に対し商売を認めてましたが、信長は利益の一部(定率)を納めれば自由に市を開けるようにしました。

さらに道路を約倍のサイズに変更しました。
(当時は攻め込まれないように、狭い道ばかりでした。東海道でもそう。)

これにより、通行がスムーズに行えるようになり商人が多く織田領に集まって来て、その結果利益を得ていました。
(こういった利益が後の鉄砲隊につながるわけですね。)

他にも、信長は自分の居城を転々と変えてます。
(那古屋−清州−小牧−岐阜−安土等)

これも信長らしい合理的な発想なんですが、他の大名を見ているとみんな自分の本拠があり、戦が終わると本拠に帰っていきますよね。

例えば武田信玄で言うと本拠は甲斐の躑躅ヶ崎館。

戦が終わる度に甲斐に戻っていてはいつまでたっても京には辿りつかないですよね。

信長はどんどん自分の本拠を京に近付けて行った訳ですね。
(また、信長は城にこもって戦をするという発想がなかったようですね。殆どが平野に建てた平城です。これも、経済重視の方策ですね。)

さらに、彼の一番の方策は兵農分離。

当時の兵士は農民が一般的です。

その為、刈入れ時になると自分の土地に帰らないといけませんよね。
(でなければ年貢も納められず、国自体が危うくなります。)

だから上杉謙信と武田信玄も川中島で何度も戦いながらサドンデスを行わないで兵を引いてる訳です。

織田軍は専業兵士の為、いつまでも戦場にしがみついている事が出来る訳です。

これが一番の強さの原因と思われます。

「他の大名も真似すれば良いじゃないか」なんてツッコミも聞こえてきそうですが、これをするには本当に潤沢な資金が要ります。

農業労働をすることのない人を多く抱える訳ですから…。

早くから経済に目を付けて資金を獲得してきた織田信長だからこその方策ですね。


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posted by たか at 03:37| Comment(3) | 戦国時代(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

寺田屋事件 幕府側報告書発見

2009年12月15日

「龍馬は左腕に傷負い、逃げた」寺田屋事件の報告書発見

産経新聞が配信したニュースの見出しです。

記事を見ますと、坂本龍馬が京都の旅館で伏見奉行所に襲撃された「寺田屋事件」で龍馬が怪我をして逃走した事等を記した奉行所から京都所司代への報告文書(写し2通)が発見され、高知県立坂本龍馬記念館が15日に発表したとの事です。

ちなみに、この事件に関して幕府側の史料が見つかったのは初めてだそうです。

その記述の中に「余程地をしたたらし左の腕」「龍馬手傷を負いたまま立ち入り右場所へ地に染まり候物残り」等と記載され、龍馬が血を流し、逃げ込んだ材木やの納屋に血に染まった小物入れなどが残っていた様子が分かります。

確かに、龍馬はこの寺田屋の襲撃で左腕に傷を負い、左手の人差し指が動かなくなっている事と合致しますね。
(寺田屋襲撃以前と以降の龍馬の写真を比べると襲撃以降の写真は右手を左手に添えている写真ばかりです。動かなくなった人差し指が不自然な形で写真に映るのを気にしていた証と思われます。)

また、読売新聞

 「龍馬は要注意人物、寺田屋事件で奉行所報告書」

の記事によるとこの文書は高知県が歴史研究家から購入した土佐藩・京都藩邸の公文書など、574点に含まれていて龍馬の名前は計3か所に記載され、「龍馬の持っていた書類を写し取ったので報告する」と書かれていたがその内容は記載していないとの事。

龍馬記念館の三浦夏樹・主任学芸員は「血の跡が残っているのに龍馬が逃げてから材木置き場に着くなど不手際が目立ち、龍馬が残した書類の捜索が重要だったのではないか」とみておられます。

また、佛教大教授(明治維新史)の青山忠正氏は「幕府側の記録に龍馬の名前が出てくるのは極めてまれ。事件直前に龍馬は薩長同盟を仲介しており、龍馬が単なる浪士から要注意の大物として幕府にマークされ始めた事を示す重要な資料」と評価されておられます。

渡部淳氏(土佐山内家宝物資料館館長)は「寺田屋事件はこれまで志士側の記録で語られてきたが、報告文書は対立する幕府側の立場で書かれており、歴史を双方の視点からとらえる上で非常に貴重」と話されてます。

ちなみに、毎日新聞の11月12日のニュースでは

 雑記帳:「龍馬の同型拳銃」見つかった

という記事で坂本龍馬が寺田屋事件で使ったとされる「スミス&ウェッソン2型」と同型の拳銃が高知県の民家で偶然見つかったとの事。

これは1861〜74年製モデルで、6連式。維新の志士らが護身用によく携行したものらしく、現存するのは珍しいそうです。

寺田屋事件で龍馬が木戸孝允に宛てた手紙に「高杉(晋作)より送られ候ピストールを以て打ち払い」と記載されているピストルです。

来年の大河ドラマは「龍馬伝」との事で、色々と発見されてきてますね。

ちなみに私は東京にいた折に「日野宿本陣」に行った事があります。

ここの主は佐藤彦五郎だった訳ですが、その遺品が子孫に伝わっていますが、「全てを見きれてない」と言っておられました。

幕末といえばほんの140〜150年前の事。

まだまだこれからも多くの品々が発見されていくでしょうね。

そういう意味では、我々に一番身近な歴史の動乱時代と言えそうですね。


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posted by たか at 01:59| Comment(0) | 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月15日

三国志に見る時代の流れ

この所三国志ネタを連発してますが、この物語は本当に世の中の流れを表していると考えてます。

また、それが多くの人を引き付けてやまない魅力だとも感じてます。

そこで、三国志に見る世の中の流れについて記載したいと考えております。
(本当は中国の事を書くと、漢字に困るので避けている所はあったのですが、やはり私が一番多くの書物を読んだ歴史だけに、一度書き出すと止まりません。)

まず乱世に至る経緯。

後漢王朝は初代の光武帝から最後の献帝まで14代続きました。

この14人の皇帝の中で、初代光武帝と2代目の明帝を除いた全ての皇帝が20歳未満で即位していて、中には生後100日で即位した皇帝もいました。

昔の中国に見るような皇帝がいるという国の形で言えば、普通は皇帝が全ての権限を持っていて、それを補佐する宰相、大将軍、他、各大臣達が国策を練り、皇帝に勅許を得て運営されるというのが正しい政治の流れですが、皇帝が若いと、当然皇帝には分別がないので、成長するまで補佐する人達が代わって皇帝の役割を果たすことになります。

一般的には外戚と呼ばれる方々になるわけですが…。

外戚というのは、皇帝の母親の親族です。

皇帝が死に、時代の皇帝が立つと、その母は太后という事で実権を握ります。

中には政治を立派に行える頭のいい太后もいましたが、一般的には政治に関してはずぶの素人で誰かに相談しなければいけない事が多い訳です。

ここで、朝廷の中を見回してこれという頭が良く良識を持った家臣を選んで相談すればいいのですが、大概の太后は自分の親族に相談しました。

その親族も政治には素人の事が多く、どんどん政治が悪くなり、庶民が苦しい世の中になっていきます。

朝廷には、どんな時代でも庶民が幸せに生きていくように良い政治をしたいと願う人々がいます。
(一般的には清流派といわれる人々)

こういった人々が立ちあがって外戚の一掃を画策したりします。
成功すれば良い政権ができるのですが、結構失敗して粛清される運命をたどってます。

また、もう1つ、宦官という勢力があります。

宦官というのは皇帝の日本で言う所の大奥の雑用をする人たちの事。
当然、間違いがあってはいけないので男性機能を手術によって失わせた人達。
(要は切り落としてしまうんです。)

皇帝の近くに侍り(当時、宦官は人とは認めておられず、空気のような存在と思われていた為、極秘の最重要項目でも宦官の前で皇帝が話をしたりすることがあり、宦官はかなり情報を持っていた。)

ただ、宦官というのは一般的には罪人だったり(刑罰の一つで男性機能を失った人)、中には権力を得る為に自ら望んで切り落とす人もいました。

そういう人達の集まりの為、質の悪い人が多かった。
(質の良い人も中にはいましたよ。紙を発明した蔡倫とか、史記を書いた司馬遷とか…。まあ司馬遷はもうろくした武帝の怒りに触れ去勢される訳ですが…。)

この宦官が宮中で色々な策謀をして自分達に財産が入るようにするわけですよね。
(ちなみに三国志前夜といってもいい黄巾の乱の折、宦官は何もしていないにもかかわらず、宦官の中で権力を持っていた十常侍と呼ばれる宦官は皆列侯になってます。)

こうなってくると庶民の暮らしは苦しくなり、各地に反乱の種が芽生えます。

それをまとめる人が出てきた時に乱になり、王朝の屋台骨が崩れる訳ですよね。

その後は群雄割拠の時代を迎え、それをまとめた者が次の王朝を開く。

という、王朝崩壊のパターンをそのまま行ってます。

また、活躍した人達の変遷をみると、これまた世の中を表しているような気がします。

黄巾の乱から赤壁までの戦いでメインとなって出てくる人物と言えば、呂布、華雄、関羽、張飛、顔良、文醜、夏侯惇、夏侯淵、典韋、許猪、曹仁、曹洪、楽進、于禁、太史慈…。

みんな猛将とか勇将の類です。

それに対し、赤壁以降で活躍した人々は諸葛亮、周瑜、司馬懿、ホウ統、陸遜、法正…。

いわゆる軍師、智将と呼ばれる方々。
(勿論、黄忠、馬超等、赤壁後にメインに活躍する武将もいますが少ない。)

最も、赤壁以前にも軍師の活躍はありましたがあくまで戦場でのメインは武将達でした。


猛将達はと言うと赤壁の頃からは追いやられ、ある意味駒としての役割しか与えられていません。
(どんどん存在感が薄くなっていってます。)

これは世の中が乱れた当初は腕っ節がものを言うが乱世が長引くとそういった腕の立つ人々を駒として使い組織戦をした方が効率良く勝てるようになるという事なんですよね。
人より組織という図式です。

サッカーに例えると、ペレやマラドーナが活躍した時代は個人技を重んじられましたが、今のサッカーは個人技も必要ですが、フォーメーションやセットプレーといういわゆる組織力の勝負となっています。

また、産業界で行きますと松下幸之助や本田宗一郎等のいわゆる天才が当初は活躍するのですが、ある時期から組織で動くようになる。

昨今の不況によるリストラなんて最たるもので組織を改善していく事により競争に打ち勝つという人ではなく組織となっている訳ですね。

これは群雄割拠の時代から安定期に向かう中では、自然の流れなんですよね。

三国志って本当に世の中の流れが如実に表れてますよね。

ある意味、世の中の乱れ方から安定期に至る基本的な流れを忠実に辿っているのが三国志という訳です。


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ラベル:三国志
posted by たか at 02:04| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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