ブログランキング【くつろぐ】
スポンサードリンク

2009年12月05日

日本人とわび茶

昔から日本には茶の飲み方みたいなものがあります。

それは色々と流派があり、私はあまり詳しくないですが何かが違うのでしょう。

ちなみに、わび茶を完成させたのは千利休とのことですね。

この人、秀吉に切腹させられますが…。

戦国時代当時、大名に茶頭として使える茶人が増えました。

当時の大名は、同盟国の大名や、家臣の中で功績のあった人を招いて、茶をふるまうという事が頻繁にあったようです。

その席には当然茶頭が同席し、茶を点てる訳ですよね。

その席で内々の話が行われたりする事もしばしば…。

すると、あの当時の茶人はかなり国内の情勢に精通してたと言えます。

また、有名な大名の茶頭になると、一流の茶人という事で、その人の認めた茶器は相当な価値になる。

これを利用したのが織田信長ですね。

彼は家臣が功績をあげる際に土地をやり続ければ、自分が食われてしまう事をしっかりと理解してたのですよね。
(ただ単に吝嗇という話もありますが…。)

それを茶器にすり替えた。

例えば、城を一つ落としてきた家臣に名物茶器を褒美として与えれば、こんなに安いものはないですよね。

そうすることによって、自分の土地と利益を守ったんでしょうね。

千利休の切腹については諸説ありますが、秀吉からすれば、国内情勢に精通してしまっている千利休が次第に疎ましく思えるようになったのが根本的な所でしょうね。

ちなみに、外国の方々から見れば、わび茶というのは本当に奇妙に映るようです。

狭い部屋に入って、飾り付けはできるだけ質素にして、茶を出されたら茶器を回して、柄のついた所を相手に向けて飲む。

というような風習は不思議でしょうね。

これには訳があるんですよ。

例えば、中国で始まった茶が日本に伝来される訳ですが、中国の河は濁ってます。

清流が少ない訳です。

そこで、そのまま飲むには抵抗があり、味付けをしたというのが茶の始まりと聞いた事があります。

西洋のコーヒーや紅茶も同じような理由から始まったと聞いた事があります。

そこで、日本に立ち返ると、日本は殆どが清流な訳です。

茶という味付けは必要なく、そのまま飲める訳です。
(現に多くの人がそのまま飲んでいたのですから…。)

そこに茶が入って来た。

その茶を飲むのに、何か特別な理由が必要だったんですよね。

そこで、現代にも残る茶道の源流となるわび、さびを感じながら、お茶を一服といった形が出来上がったそうです。
(ちなみに、この話は私が学生の頃に授業で「先生がそんな事を言っていた」という話を元にしてます。真偽のほどは知りませんが、妙に納得したのを覚えてます。)
posted by たか at 04:18| Comment(0) | 戦国時代(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。

お小遣い稼ぎ総合支援サービス 豚の貯金箱 ブログランキング【くつろぐ】