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2009年12月16日

寺田屋事件 幕府側報告書発見

2009年12月15日

「龍馬は左腕に傷負い、逃げた」寺田屋事件の報告書発見

産経新聞が配信したニュースの見出しです。

記事を見ますと、坂本龍馬が京都の旅館で伏見奉行所に襲撃された「寺田屋事件」で龍馬が怪我をして逃走した事等を記した奉行所から京都所司代への報告文書(写し2通)が発見され、高知県立坂本龍馬記念館が15日に発表したとの事です。

ちなみに、この事件に関して幕府側の史料が見つかったのは初めてだそうです。

その記述の中に「余程地をしたたらし左の腕」「龍馬手傷を負いたまま立ち入り右場所へ地に染まり候物残り」等と記載され、龍馬が血を流し、逃げ込んだ材木やの納屋に血に染まった小物入れなどが残っていた様子が分かります。

確かに、龍馬はこの寺田屋の襲撃で左腕に傷を負い、左手の人差し指が動かなくなっている事と合致しますね。
(寺田屋襲撃以前と以降の龍馬の写真を比べると襲撃以降の写真は右手を左手に添えている写真ばかりです。動かなくなった人差し指が不自然な形で写真に映るのを気にしていた証と思われます。)

また、読売新聞

 「龍馬は要注意人物、寺田屋事件で奉行所報告書」

の記事によるとこの文書は高知県が歴史研究家から購入した土佐藩・京都藩邸の公文書など、574点に含まれていて龍馬の名前は計3か所に記載され、「龍馬の持っていた書類を写し取ったので報告する」と書かれていたがその内容は記載していないとの事。

龍馬記念館の三浦夏樹・主任学芸員は「血の跡が残っているのに龍馬が逃げてから材木置き場に着くなど不手際が目立ち、龍馬が残した書類の捜索が重要だったのではないか」とみておられます。

また、佛教大教授(明治維新史)の青山忠正氏は「幕府側の記録に龍馬の名前が出てくるのは極めてまれ。事件直前に龍馬は薩長同盟を仲介しており、龍馬が単なる浪士から要注意の大物として幕府にマークされ始めた事を示す重要な資料」と評価されておられます。

渡部淳氏(土佐山内家宝物資料館館長)は「寺田屋事件はこれまで志士側の記録で語られてきたが、報告文書は対立する幕府側の立場で書かれており、歴史を双方の視点からとらえる上で非常に貴重」と話されてます。

ちなみに、毎日新聞の11月12日のニュースでは

 雑記帳:「龍馬の同型拳銃」見つかった

という記事で坂本龍馬が寺田屋事件で使ったとされる「スミス&ウェッソン2型」と同型の拳銃が高知県の民家で偶然見つかったとの事。

これは1861〜74年製モデルで、6連式。維新の志士らが護身用によく携行したものらしく、現存するのは珍しいそうです。

寺田屋事件で龍馬が木戸孝允に宛てた手紙に「高杉(晋作)より送られ候ピストールを以て打ち払い」と記載されているピストルです。

来年の大河ドラマは「龍馬伝」との事で、色々と発見されてきてますね。

ちなみに私は東京にいた折に「日野宿本陣」に行った事があります。

ここの主は佐藤彦五郎だった訳ですが、その遺品が子孫に伝わっていますが、「全てを見きれてない」と言っておられました。

幕末といえばほんの140〜150年前の事。

まだまだこれからも多くの品々が発見されていくでしょうね。

そういう意味では、我々に一番身近な歴史の動乱時代と言えそうですね。


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posted by たか at 01:59| Comment(0) | 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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