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2009年12月22日

三国志 天下に近かった人

今回は三国志の歴史の中で「この人、流れによっては天下取れたで」という所について記載したいと思います。
(勿論、曹操以外ですよ。)

まずは張角(チョウカク)。

御存じ黄巾の乱の首謀者。

この人はあんなに急いで蜂起しなければ天下を取った可能性は十分にあります。

1番の策としては漢王朝の皇帝を信者にする事。

そうすれば現在で言う所のローマ法王のような地位を得る事も出来たのでは?

2番目の策としては中原の州牧達を信者にして決起する事。

これはかなり効果があったと思われます。

例えば、日本における一向一揆みたいな形ですね。

一向一揆では徳川家康の懐刀の本多正信も一向一揆側に立った程宗教の力はすごいですよね。

当時の腐敗した朝廷では対応しきれなかったと思います。

次には皇甫嵩(コウホスウ)。

黄巾軍相手に連戦連勝の折、黄巾と手を結んで洛陽に攻めかかると天下を取る事が出来たのでは?

実際、閻忠(エンチュウ)という人が献策しているらしい。
(でも皇甫嵩は採用しませんでしたけどね。)

次に何進(カシン)。

この人は妹が皇后だったお陰で大将軍となる訳ですが、その配下には袁紹(エンショウ)、袁術(エンジュツ)、曹操(ソウソウ)など一線級の武将がそろっていました。

上手く使えれば天下を取ることができたのでは?と思います。

次に董卓(トウタク)。

一旦は皇帝を手中にし、天下に最も近い位置にいたのですが、暴政を強いた為取れなかった男ですね。

清流派の知識人を多く登用したので、その人たちに政治を任せれば恐らく、天下をとれたと思います。
(しかも武将には呂布/リョフ がいましたしね。)

次に袁紹。

群雄割拠当時、最大勢力を持っていた男。

プライドをかなぐり捨ててれば間違いなく覇者になった男。

もしくは、田豊(デンポウ)の献策に従っていれば覇者になれたと思われます。

次は孫策(ソンサク)。

父孫堅(ソンケン)は戦死の為、あえてこの中には入れませんでしたが、この男は暗殺の為、軽はずみな行動を取らなければ天下に手が届いたと思われます。

袁紹と曹操が戦っている際に曹操の本拠、許昌を突くという事を考えてましたが、十中八九成功したでしょう。

すると皇帝を手に入れ、天下に号令できる。

また、曹操は袁紹と孫策の挟み撃ちでここで滅びる事になります。

外交、戦争面では周瑜(シュウユ)以下多数、内政面では張昭(チョウショウ)、張紘(チョウコウ)以下多数の面々がいましたし…。

軽挙妄動さえなければ天下をとれたと思います。

まあ、このあたりですかね。

ちなみに、劉備(リュウビ)が天下を取る可能性はなかったと思います。

勿論、あそこで関羽(カンウ)が死ななければもしくは、あそこで士元(ホウトウ シゲン)が死ななければというタイミングはありますが、曹操の実力から言えば滅ぼすまでは行かず、劉備の領土が拡大した状態での三国鼎立のまま時を過ごす事になる可能性が大きいと思われます。

以上がざっとした私の天下をとれたかも知れない人物です。

まあ、異論もあるでしょうが…。

私はこう思います。


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ラベル:三国志
posted by たか at 03:28| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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