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2010年01月28日

天下三分の計

何とも、諸葛亮(ショカツリョウ)ネタばかり続きましてすみません。

諸葛亮で一番有名な言葉といえばやはり「天下三分の計」でしょう。

彼は三顧の礼(昨日の記事の通りあったのかどうか微妙な所ですが…)をつくしてようやく孔明と出会った際に孔明が語る戦略構想ですね。

概略としては曹操(ソウソウ)は強大なので、今の状態で戦をするのは難しい。
孫権(ソンケン)は長江という天嶮にも恵まれ、臣下も豊富。
こことは戦うのではなく手を取り合うべき。
そこで劉備(リュウビ)としては劉表(リュウヒョウ)が治める荊州(ケイシュウ)と劉章(リュウショウ)が治める益州(エキシュウ)を取り、中国を三分して治め、孫権と手を結び、曹操に対抗するという策です。
(隆中策とも言われます。)

しかしながら、これは本当に検索したのかどうか微妙な話だそうです。
(結果として三分されましたが…。)

まあ、こういう献策があったとして記事を記載します。

諸葛亮は天下三分を唱えましたが、かたや孫権陣営では、周瑜(シュウユ)、魯粛(ロシュク)といった人材が孫権に対して「天下二分」の構想を提示していたようです。

その内容というのは、呉から荊州の劉表、益州の劉章を攻め取り、中国を北と南で分断した後、北の曹操に決戦を挑むという方策ですね。

まあ、普通に考えたらこれが献策されるべき戦略ですよね。

ただ、当時の劉備には地盤がないので、そんな事は無理だった訳ですね。

しかしながら、天下二分構想と天下三分構想ではどちらが優れているか…。

私的にはやはり三分構想の方が優れていると思われます。

天下を三分すると、3つの勢力が金縛りにあうんですね。

1国が他国を攻めると、その2国間で戦っている間に第3の勢力が漁夫の利を得る事になりますよね。

その為膠着してしまいます。

恐らく、天下三分では天下統一まで持って行くのが難しいと思うのですが、膠着状態を作る事により、戦を小休止する事ができ、国力を富ませる事が出来ます。

また、戦争に疲れた民にも休息を与える事ができます。

上手い事やれば、もしかしたら今の中国は無く、その3国が独立したまま現在に至っていたかも知れませんね。

戦争を早く終わらせるとか、民に休息を与えるという意味では三分構想が一番手っ取り早いですね。

ちなみに、天下二分構想が成立すると、決戦となりそこに勝利した方が勢いに乗り統一するという形になりやすいので、戦争状態に休息を与える事はできないですが、案外早い天下統一を迎える事が出来るでしょうね。

当時の中国の状況を考えた場合、天下三分が一番安定して良かったのでは?と思われます。
(ただ、歴史はあまり休息の時間を与えませんでしたが…。)

長い中国の歴史において、天下三分という状況はこの時代以外にもありました。

それは漢王朝を樹立した劉邦(リュウホウ)が項籍(羽/コウセキ いわゆるコウウですね)と戦っていた折、劉邦支配下の韓信(カンシン)が斉の辺りで独立できるほどの勢力を持っていました。

この時、カイ通(カイトウ/字が表示されません)の進言に韓信が耳を傾けていれば、三国の時代が来たかも知れません。

が、彼は進言を入れず、劉邦に味方をして項羽を滅ぼし、中国は天下統一となる訳ですね。

その後、韓信は不幸な最後を遂げますが…。

結局、韓信も天下三分を実現できる所までは行きながら実現できませんでした。

そう考えると、正真正銘天下三分を実現させた諸葛亮は偉い男ですね。




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posted by たか at 01:49| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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