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2010年04月04日

惜しいかな陳宮

この所、三国志ネタが続いてますが…。

実は、ちょっとばたばたしている関係で、さらっと書けるというと三国志になる訳で…。

最近は龍馬伝なども放送されているので、幕末ネタをもっと増やすべきだとは思うのですが…。

三国志ネタにします。

陳宮(チンキュウ)字を公台(コウダイ)。

この人は私の中ではかなり惜しい人物です。

三国志演義では、董卓暗殺に失敗して洛陽から逃げ出した曹操(ソウソウ)を捕まえる、中牟県(チュウボウケン)の県令として登場します。

一度は曹操を捕らえますが、その志に感服し共に逃亡する事になるのですが…。

途中で立ち寄った曹操の知人の呂伯奢(リョハクシャ)の家で、隣の部屋から「一気に殺してしまえ」といったような言葉が聞こえ、呂伯奢の家族に殺されるのではと疑心暗鬼にかられ、曹操と一緒に呂伯奢の家族や使用人の全てを殺害します。

実は曹操と陳宮をもてなす為に猪を殺して料理しようとしていたのですが…。

さらに家から逃げ出す途中、曹操は何も知らない呂伯奢をも口封じのため殺害してしまう曹操を見て、そのあまりの身勝手さに呆れた陳宮は、彼の寝込んだ隙に暗殺しようと考えるのですが、思いとどまり、1人で東郡(トウグン)へ去ります。

その後、呂布(リョフ)の軍師として登場し、曹操が徐州(ジョシュウ)の陶謙(トウケン)を攻めた際に曹操の拠点である兗州(エンシュウ)を奪い取ります。

結局は曹操に負け、斬首される事になります。

史実では…。

天下が動乱の時代を迎えた際に曹操に仕え、その覇業を助けるのですが、曹操が徐州を攻めた際に呂布をかついで反旗を翻します。

その後は演義の下りと同じになります。

何が惜しいかというと、この男はなかなかの戦略眼とか戦術眼をもっています。

例えば、曹操から独立するタイミング等は絶妙ですし、呂布の配下として曹操と戦っていた際の献策等も的を得たものです。
(あまり採用されませんでしたが…。)

曹操も、陳宮を処刑する際になんとか改心させて自分の手元に置こうとしていますが、それを潔しとしない陳宮は処刑されます。

この男が何故曹操から独立したかという所は諸説あります。

例えば、曹操が陶謙に攻め込んだ際、陶謙の配下に曹操の父親を殺された事が発端で攻め込む訳ですが、その侵攻が徐州の民から家畜まで、全て殺しつくして進んでいくという非情さを見て曹操に見切りをつけたという説。

もうひとつは、彼は漢の張良(チョウリョウ)のように君主を意のままに操る軍師になりたかったが、曹操の元では荀ケ(ジュンイク)、郭嘉(カクカ)等、優れた軍師が多く、曹操自身が優秀な軍師の資質を持っていた事もあり、なかなか理想通りに行かなかった為、思い通りになりそうな呂布を担いだ等とも言われてます。

私が惜しいというのは、彼は能力があるので、もっと他に担ぐ人がいたんじゃないか?と思う所です。

あの当時の君主を考えた場合…。

袁紹(エンショウ)の元には田豊(デンポウ)、沮授(ソジュ)等がいるし、孫策(ソンサク)の元には周瑜(シュウユ)がいるのでNGとしても、袁術(エンジュツ)、陶謙等、軍師不在といっていい君主がいました。

中でも劉備(リュウビ)が一番よかったのでは?なんて思ってます。

彼のもとには関羽(カンウ)、張飛(チョウヒ)等の豪傑はいても軍師がいませんでした。

そこに陳宮の頭脳が加わると…なかなかの集団になったのでは?と思われます。

しかしながら彼が選んだのは呂布。

あまり良い選択肢ではないような気が…。

恐らく、呂布を君主と選んだ時点で彼はジョーカーを引いていたんでしょうね。




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posted by たか at 02:29| Comment(2) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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