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2010年04月15日

徐庶の名前

徐庶(ジョショ)字を元直(ゲンチョク)、悲劇の軍師として三国志演義では描かれている人物です。

私が三国志の登場人物の中で一番好きな人物でもあります。

この人は三国志演義の中で最初「単福/ゼンフク、ゼンプク、タンプク等々」という名前で出てきます。

これは三国志演義の作者の誤解です。

三国志演義というのは正史三国志を元に記載された小説なんですが、その正史三国志の中で「単家(タンカ、ゼンカ等)の出身である」という記述があります。

これを見て、三国志演義の作者は「単」というのが姓と勘違いしたようです。

単家というのは姓の事ではなく、中国独特の表現で「権勢のない家柄、(或いは寒門)の出身である。」という事なんですね。

また、福という名前ですが…。

これも正史三国志の記載で「元の名は福であり…」というくだりがあるので採用したようです。

この福に関しては正しい解釈です。

元々、徐庶は「徐福(ジョフク)」という名前だったんですね。

ちなみに…始皇帝の頃にも徐福は出てきます。

彼は始皇帝に対し「東方の三神山に長生不老(不老不死)の霊薬がある」と言って東方に船出した男です。

日本に辿りついたという噂も…現に和歌山には彼の墓があるとか…。

「不死の薬を名目に始皇帝から物品をせしめた詐欺師」と描かれる事もあります。

勿論この徐福とは別人です。
(そら400年くらい話が離れてますもんね。)

話がそれましたが…。

この男、徐福から徐庶に名前を変えたのは、実は魏に仕えて御史中丞(ギョシチュウジョウ)まで出世しますが、この頃はまだ徐福だったそうです。

徐庶に名前を変えるのはもっと晩年だったとの事です。

この御史中丞という役職ですが…。

諸葛亮(ショカツリョウ)が晩年に「徐庶が御史中丞程度の官職とは魏は人材が豊富なんだな」というような内容の記載が正史三国志にあるので、かなり低い役職と思われがちですが、実際は副総理位の役職のようです。

州の刺史(州を治める長官)を監督する仕事もこの御史中丞だったそうですから…結構高い官職なんですよ。

また、話がそれましたが…要は劉備(リュウビ)に仕えていた頃の彼の名前は「単福」でも「徐庶」でもなく「徐福」なんですね。

またまたちなみに…。

この人、実は600年くらい後の話にも登場します。

倒れていた村人を助けた仙人が、その村人に名前を聞かれると「徐庶じゃ」と答えたそうです。

彼は仙人になっていたんですね…。

んなあほな!!!




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posted by たか at 02:15| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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