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2010年05月10日

龍馬伝19話を見て

とうとう、山内容堂の怪物っぷりが発揮されてきましたね。

土佐勤皇党の粛清が始まりました。

山内容堂はドラマの中でもあった通り、風向きを見るに非常に敏な人でした。

武市半平太を吉田東洋を殺した男としてずっと許さないくせに、攘夷の気風が高いうちはうまく使い、風向きが変わった瞬間粛清するという、人としてはかなり冷酷ですが、うまく立ち回った男ですよね。

さすがは山内一豊の子孫!!

この冷酷さは、武市半平太が下士の出だからですよね。

やっぱり山内家は下士をかなり嫌っていたんですよ。

まあ、下士は元々長曾我部の配下ですもんね。
けっして山内家の配下ではない。

山内一豊が土佐に赴任してきた際に、結構反乱おこしたりしましたもんね。

江戸時代初期において、外様である山内一豊にとってはかなり恐ろしい事だったでしょうね。

反乱なんかを起こすと「その土地を治める能力がない。」なんて難癖つけられてお家断絶なんて事も、かなりな確立である訳ですからね。

土佐藩は代を重ねるごとにそういった恨みが積み重なっていったんでしょうね。

そういった所が、使い捨てにしてもなんとも思わない所以でしょうね。

この山内容堂は幕末四賢侯のひとりですが、現代の人からみれば「どこがやねん!!腹黒すぎ!!」なんて言いたくなるかもしれませんが、まあ、こんなもんですよ。

全体的に見れば山内容堂は、常にスポットライトを浴びる役回りを通ってきたんですからね。

この後の放送でも出くるでしょうが、徳川家に大政奉還の建白書を提出するのもこの人ですしね。
(原案は龍馬)

やっぱり賢侯ですかね。

しかし放送後半の武市はかっこよく描きましたね。

死を覚悟して土佐に帰るという形に仕上げましたか。

成程成程。

以蔵もとうとう追い詰められましたね。

来週、再来週ぐらいは土佐勤皇党の粛清という事で、ちょっと凄惨なシーンになりそうですね。



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ラベル:幕末 ドラマ 龍馬
posted by たか at 00:04| Comment(0) | 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

黄巾の乱

三国時代の幕開けとも言える黄巾の乱。

これは張角(チョウカク)をトップとする太平道が漢王朝に対して自分の信者達を率いて起こした反乱ですね。

この張角という男。

実はいろんな説があり、実は清流派の知識人では?という話もあります。

また、科挙(カキョ/役人になる為の試験)を2度受けて2度とも落ちているそうです。

こうみると、悲しい男ですね。

この人が何故、太平道という宗教を起こし、力を持てるようになったかというと…。

まず、この人が行ったのは治療です。

患者が現れると、受付であれこれ病状を聞かれます。

一応の問診が終わった後、張角のいる部屋に通されて、そこで張角が患者を見てすぐに「あなたは膝が悪いのですね。」とか言ってその病状をあててしまいます。

処方される薬は布なのか紙なのか、はたまた板なのか分からないですが字を書いた符を渡し、それを水に浸して飲むというだけなんですが…。

こんなので治る訳はないのですが、治らなければ「信仰心が足りない」と言ってその治療を続けるそうです。
(今でもこんな話はちらほらと聞きますが…。)

張角が病状を看破するタネを明かすと、受付で病状を聞いた人が患者と一緒に張角の部屋に入り、患者の後ろから持っていた竹の棒の節目と指で張角にサインを送って病状を知らせていたんですね。

成程、かなりなペテンです。

しかしながら、当時は迷信や邪教がはびこる世の中。

こんなペテンでも一般民衆は「神だ!」なんて思う訳なんですね。

それで信者になる訳ですね。

また、当時の中国は皇帝である霊帝(レイテイ)が売官制度(バイカンセイド)というバカげたことをし始めたんですね。

これは大将軍とか、州牧、太守、とかいった役職を売る訳です。

勿論、上の位や肥沃な土地を治める役職程高い訳ですが…。

当然、その官位を買った人達は任地に行って買った費用の元を取ろうとする訳ですからそこの住民に対し重い税を課します。

また、土地土地には太守等の他にそこを治めている豪族がいたりします。

そうすると、彼等は陰祠邪教等の祠を作り、そこへの貢ぎ物という形で税金を徴収したりするため、結局農民は二重、三重の税を納めることになり、自分で耕した物が殆ど残らない状況になります。

そうすると、農地を捨てる農民が増え、太平道等の勢力に寄りかかる人が出てくる訳ですね。

そういった人達を集めて、結局太平道というのは何十万という民を率いることができ、この民衆が一斉に立ち上がったのが黄巾の乱ですね。

このおかげで劉備(リュウビ)や曹操(ソウソウ)、孫権(ソンケン)といった人達が世に出る事になるのですが…。

ただ、張角という男、清流派の知識人だったとしたら…。

こんな形の乱は起こっていないような気がするのですが…。

どちらかというと、そこまで大きな勢力を手にした訳ですから、知名度としてはかなりメジャーになっていますよね。

もし彼が清流派の知識人であったとすれば、もっと平和裏に朝廷に接触し、皇帝を太平道の信者にし、皇帝を操ることで自分の理想とする国の形を作ると思うのですが…。

実際はそうしなかった…というかできなかった。

というより、そういう発想がなかったような気がするのですが…。

そう考えると…。

やっぱり、張角自身あまり質のいい人間ではなかったと私は考えております。




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posted by たか at 03:07| Comment(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月07日

信長とキリスト教

織田信長は映画や記録等から見ると、南蛮物の鎧を着て、いつも黒人を一人側に侍らせ、キリスト教の布教を容認し、宣教師達とも付き合い…。

ともすれば、キリスト教信者なのかと思われるような動きを見せています。

しかしながら、彼は紛れもなく仏教徒です。

比叡山の焼き討ちなどから、彼は仏教を憎んでいたとか無神論者だという見かたをされる方もおられますが、恐らく、それは間違いと思います。

彼は何よりも現実主義者、合理主義者なんですよね。

彼が比叡山を焼き討ちにしたのは、恐らく、人の魂を救うのが坊主の役目であるにも関わらず、武装して浅井、朝倉をかくまっているという状況が許せなかったのでしょう。

当時の比叡山は仏教の日本における聖地ですし、そこに胡坐をかいてやりたい放題の坊主どもに我慢がならなかったんだと思われます。

比叡山側としては仏教の聖地に攻め込んでくる奴などいないなんてたかをくくっていたんでしょう。

それが、比叡山焼き討ちにつながったんでしょうね。

信長という男は昔からの権威などは殆ど気にも留めない男だったんでしょうね。

それよりも、今現在坊主がどういう動きをしているのか、本来の仕事をちゃんとこなしているのかという所に主眼をおいて、本来あるべき姿ではない坊主どもを討伐したというのが彼の考えではないでしょうか。

この比叡山の焼き討ちはものすごい規模を焼いたという説と、実はちょっとだけ焼いたのみとう説とあるそうですが…。

その話はまたにして、本題に戻します。

また、キリスト教を保護しながら、彼自身は洗礼を受けていませんね。

キリスト教は異国の文化ですので、当然異国人達が広めるのですが、彼等は当時の日本に無いものを数多く持っていました。

例えば地球儀、望遠鏡、もちろん鉄砲、大筒等々。

そういった物や技術を手に入れる為に付き合っていたんでしょうね。

そのあたりはいかにも合理的な彼らしいです。

ここまで私のブログを読んで下さった方々は「キリスト教信者ではない事はわかったが、仏教徒かどうかは判らないのでは?」と思われるでしょうが…。

私が仏教徒であると考える一番の要因は、安土城にあります。

信長は安土城を築城するにあたって、その中にハ見寺(ソウケンジ)という寺を建立しています。

建物は近隣の社寺から多くの建物を移築して建立したようですが…。

仏教徒で無い人が城の中に寺を建てるでしょうか?

やはり彼は仏教徒だったと考えるのが自然かと思われます。

ちなみに…。

信長がキリスト教を気に入った理由として、もう1つあると聞いた事がありますし、私もそう考えているのですが、それは神が人であるという事です。

キリストが死んで神になった訳ですから…。

そこに信長は恐らく、自分も神になる事が出来ると考えたのではないでしょうか。

信長は恐らく、日本を統一していたならば、朝廷の帝に取って代わる事はしなかったと考えています。

そんな存在をも超える事。

神になる事を望んでいたのではないでしょうか…。

神になると帝の存在を超えてしまう訳ですし、そうなると帝に取って代わる意味が無くなりますし、もっと言うとわざわざ帝を廃さなくてもいい訳です。

神になりたかった男…。

私は信長をそう見ています。
posted by たか at 00:59| Comment(0) | 戦国時代(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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