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2010年09月06日

龍馬伝36話を見て

今日は寺田屋事件でしたね。

通説では、お龍さんがお風呂に入っていて風呂の窓から捕り方を発見して裸のまま龍馬のいる部屋に駆け込み、急を知らせたというくだりですが…流石天下のNHK、お龍さん、ちゃんと服を着てましたね。
(ってツッコミどころではないですが…)

まあ、今回の放送でもあった通り、龍馬はここで左手を負傷する訳ですね。

2009年の12月15日のニュースで寺田屋事件の幕府側の報告書が発見されたとありましたが、その記述に「余程地をしたたらし左の腕」「龍馬手傷を負いたまま立ち入り右場所へ地に染まり候物残り」等と記載され、龍馬が血を流し、逃げ込んだ材木やの納屋に血に染まった小物入れなどが残っていた様子が書かれていますが、龍馬伝でもちゃんと逃げ込んでましたね。
(このニュースに関してはこのブログの2009年12月16日にも記載してます。ファンブログ版をご覧の方は右下のリンク集から「seesaa版私的歴史道」に飛んでいただければご覧頂く事ができます。)

ここでの負傷が原因で彼の左の人差し指が動かなくなるそうですね。

剣士としてはかなりの痛手ですね。

ちなみにこの事件の後で撮影されている龍馬の写真は、どれも左手をかばうようにして写っています。

恐らく、指が不自然な形で写る事を気にしていたんでしょうね。

ここで負った傷はもうひとつ、エピソードを産みます。

この傷をいやすために龍馬はお龍さんと一緒に湯治に出かけますが、これが日本初のハネムーンと言われています。

ただ、湯治に出かけた証拠がない等という事であくまで確定の話ではないそうですが…。

この龍馬伝はどう描くんでしょうね。

次週はお龍さんと結婚する所ですね。

さあ、湯治へ出かけるんでしょうか…。



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posted by たか at 02:58| Comment(0) | 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

曹操と袁紹、袁術の決定的な違い

またまた、三国志ネタで申し訳ございませんが…。

三国志で群雄が割拠した際に最も勢力をもっていたのは袁紹(エンショウ)と袁術(エンジュツ)という事になるでしょうか…。

多くの群雄はどちらかの勢力圏に入っていた所がありますね。

例えば、曹操(ソウソウ)、劉表(リュウヒョウ)は袁紹派閥、孫堅(ソンケン)は袁術派閥といったように…。

だから孫堅は劉表を攻めて、非業の死を遂げる訳ですね。

袁家というのは、四世三公と言われる名門。

要は、四代続いて三公に就任したという事。

ちなみに三公とは、「司徒」、「司空」、「大尉(司馬)」の三つの役職で、それぞれを説明すると…。

司徒は内閣総理大臣で司空は副総理、さらに建設大臣も兼ねる役職、大尉は兵権を一手に握る役職という所でしょうか。

三国志の舞台となる後漢王朝では、最高の役職と言われた三つのポストです。

そこに四代も続いて就任した者を出したという事は、やはり優れた人物を出す家系だったんでしょう。

その袁家の血を引く二人が袁紹、袁術ですね。

彼等はそういった血統的背景をもっていますので、当然名門意識が強いんですよね。

それに引き換え曹操は…。

おじいさんが大宦官の曹騰(ソウトウ)、お父さんの曹嵩(ソウスウ)はその養子として入り、大尉まで昇りましたが…。

袁家から見ればどこの馬の骨かわからない人なんですね。

また、曹操も大宦官の孫として育った過程で、袁紹、袁術のように蝶よ花よと親類や回りから大事に育てられた訳ではなさそうですね。

恐らく、父親の曹嵩は曹操をかなりかわいがったと思うのですが、名門の子弟達からはさげすまれていたんでしょう。

その育ってきた環境が、袁紹、袁術と曹操との群雄割拠後の明と暗を分けたんでしょうね。

曹操は、一般的には五千の兵で旗揚げした訳ですが、袁紹、袁術というのは各々地盤を持っていたのでかなりの兵がすでに用意されてましたよね。

本当なら、三国志という時代は来ずに、袁紹、袁術で天下分け目の戦いがあってもおかしくない布陣でした。

そこに、何故、曹操が台頭する事が出来たかというと…。

まあ、後に青州兵と言われる青州の太平道信者を取り込んだ事ですよね。
(いわゆる青州黄巾族)

青州黄巾族との戦いは正直いって無謀な戦いでした。

一応青州黄巾族というのは100万と言ってましたしね。
(実際は兵士と統率者とその家族が集まって100万の民衆だったそうですが…)

それでも、手勢の少ない曹操がまともに戦って勝てる相手ではないですよね。

ご存じの通り、曹操はその青州黄巾族を自軍に取り込む訳ですが…。

そこで選抜した兵士三十万を曹操は「青州兵」と名付けてある契約を交わしたようですね。

この青州兵が曹操の切り札として後の戦いを有利に進める原動力となるのですが…。

魏書にも「魏武の強、これより始まる」と書かれている訳ですしね。

ちなみに、曹操が何を青州兵と契約をしたのかは、正直な所完全にわかっている訳ではないのですが…。
(想像する事はできますけどね。)

契約があったのは間違いないですね。

曹操が死ぬと、青州兵は魏を去ってますし…。

ただ、ここが私の思う袁紹、袁術と曹操の決定的な違いなんですよね。

もしこの青州黄巾軍の討伐を袁紹、袁術がしていたら…。

恐らくは二人とも自分が表に立って戦う事のないように逃げたでしょうが、仮に戦っていたとしたら…。

間違いなくこの100万の民衆をたたきつぶしに行きますね。

彼等は名門意識の塊です。

この時代の名門はみんな儒教なんですよね。

当然、この袁家二人も儒教と思われる言動が多いです。

しかも、名門意識が強い二人は儒教信者である事に誇りを持っていたと思われます。

だから、太平道を信じる青州黄巾族と相入れるはずがありません。

太平道というのは、大きく分けると道教の部類に入る宗教で、当時の中国は名門や官僚は儒教、一般民衆は道教といったすみ分けがされてました。

名門を誇る袁家の二人はどうあがいても道教を受け入れる事が出来ないんです。

それに比べて曹操という男は、儒教を勉強していた節がありますが、恐らく儒教信者ではないですね。

儒教というのは家柄や見てくれ、しきたりといった所にかなりうるさい宗教ですが、曹操を見ていると「唯是才」という考え方をもってます。
(唯是才とは、彼が何度か発令した「求賢令」に見られるんですが、家柄や見てくれとか品行方正はどうでもよい。ただ才能のある者を求めるという考え方ですね。)

話がそれましたが…。

だから袁家の二人はどうしても道教を認める訳にはいかないんですね。

そこで徹底的にたたきつぶそうとするでしょうね。

名門が民衆に負けるはずがないと…・

名門袁家として格好よく戦い、格好よく勝とうとするのですが、相手は宗教集団とはいえ数が多すぎます。

結局戦は泥沼化するでしょうね。

勝ったとしても自軍の損傷も大きく、衰退の原因を作った事でしょう。
(袁紹はともかく、袁術は…恐らく勝つ事が出来ないですね。孫家がどれだけ動くかによって決まると思われますが…)

ちょっとした事なんですが、ここが曹操と袁家二人の決定的違いですね。

要は勝てばいい、生き残ればいいという曹操に対して、袁家二人は勝ち方、生き残り方に注文が必要なんですね。

宗教なんかよりも自分の力をどうすれば大きくするかを考える曹操と、名門意識が強く、名門の名門による名門の為の勢力を作る事を考えていた袁家二人。

宗教とか名門とか…たいしたことではないんですが…。

このたいした事でもない事が官渡の戦いで負け、病を発して死んでしまった袁紹、部下に裏切られ、最後は「はちみつがなめたい」と言いながら死んだ袁術と、勢力を拡大し続け、最終的には中国の三分の二を有する事になる曹操との決定的な違いだったんですね。

袁紹、袁術という二人は恐らく治世ではかなりなポストにまで昇り、後に名を残したであろうとは思うのですが、残念ながら乱世を生き抜く能力を持っていなかったんですね。

治世と乱世の切り替えができなかった二人が三国志の前半でその姿を消すというのは、ある意味歴史の必然ですね。


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2010年09月03日

曹操と劉備

ちょっと、三国志ネタが続きますが…。

実は久しぶりに陳瞬臣さんが書かれた「曹操(ソウソウ)」を読んでいるものですから…。

曹操と劉備(リュウビ)は皆さんもご存じの通り、三国志の中で一方の雄同志。

一般的にはライバルですよね。

三国志演義なんかでも、どうしても相いれない相手として描かれます。

この陳瞬臣さんはそういった所に異論を持っている人なんですね。

以前もこのブログで何度か記載しましたが、この陳瞬臣さんが書かれた「秘本三国志」という本がありますが、この中でも今回読んでいる「曹操」と同じような観点で書かれています。

というのは、「曹操が荊州(ケイシュウ)に南下して劉備を撃破するまで、曹操と劉備には秘密同盟があった」という意見を述べておられます。

曹操が劉備に持ちかけて、これから倒したい勢力に劉備が転がり込み、曹操と戦をするように勧めてそれらを曹操が撃破していくというような筋書きです。

確かに、劉備が曹操の元に転がり込んでから、劉備が頼るその先々と曹操は戦争して、ことごとく勝利しています。
(袁紹/エンショウしかり、劉表/リュウヒョウしかり…)

また、劉備もことごとく逃げおおせています。

確かにあやしいと言えばあやしいですね。

私的にも「こういう考え方もありだな」と思わせる観点です。

というのも、そもそも劉備が曹操陣営から脱出した後の経緯を考えると…。

劉備は曹操の元に転がり込んだ際に皇帝を取り巻く董承(トウショウ)から曹操暗殺計画を持ちかけられ、加担します。

結局、その企てはばれるのですが、ばれた頃には劉備は曹操に進言し、袁術(エンジュツ)討伐に向かい、許都(キョト)にはいなかった為、処刑をまぬがれます。

ただ、曹操は電光石火で劉備を攻めて撃破し、劉備は関羽(カンウ)と家族を残したまま袁紹を頼って北へ去っていきますよね。

その後、曹操と袁紹の官渡(カント)の戦いになるという経緯になります。

このくだりの中でおかしいのは、

まず、『何故曹操は劉備を袁術討伐へ向かわしたか』

という所ですよね。

本来の曹操なら、劉備が許都を抜け出したいことぐらいすぐに看破してしまうと思うのですが…。

劉備が許都を抜けた後すぐに董承一派が捕まって処刑されていますよね。

これもあまりにもタイミングが良すぎるような気がします。

また、劉備は曹操に撃破されますが、その際の布陣に疑問があります。

小沛(ショウハイ)に劉備と張飛(チョウヒ)、下ヒ(カヒ/字が出ない)に関羽と劉備の家族という布陣になります。

曹操のいる許都から劉備が謀反を起こした徐州(ジョシュウ)へ攻め込んだ場合、前線となるのは小沛です。

という事は、関羽が後詰という事になりますね。

普通に考えたら、曹操相手に戦う訳ですから、下ヒは守備兵のみで主力は全て小沛に集めて戦うと思います。

曹操相手に関羽抜きというのはおかしいですよね。
(別働隊を率いさせて曹操の背後を突くとかなら分からないでは無いですが…)

また、劉備と張飛の前線が突破された際、劉備は下ヒに向かうのではなく、迷わず北を目指していますよね。

普通なら小沛で撃破されても下ヒにこもって決戦と考えるのが当たり前のように思うのですが、劉備はとっとと袁紹の勢力圏に向かいます。

これもおかしいですよね。

また、関羽があっさりと曹操に下っている辺りもちょっと怪しいと思います。

なんか、このくだりってすっきりしないんですよね。

三国志演義の作者も恐らくすっきりしなかったと思います。

そこで、劉備を尊王の士という事を大々的にアピールして、関羽は劉備の家族を守るためにやむなく降るという事に落ち着かせたんだと思ってます。

このくだりを、陳瞬臣さんが指摘するように曹操と劉備の間に密約があれば…。

かなりすっきり解決するんですよね。

まず曹操暗殺の企ての所は劉備が曹操にその計画を打ち明け、劉備は袁術討伐に向かうという事で許都を出る。

曹操は董承一派を処刑して、劉備に追手を向ける。

激戦を行い、劉備は徐州を放棄して袁紹を頼る。

劉備としては元々袁紹の元に腰を落ち着けるつもりはハナから無いし、曹操との戦をけしかけて袁紹を滅ぼす為に行くわけですから、袁紹勢力から脱出する際に家族がいない方がいいので、曹操に預けていく。

また、曹操に自分の家族を預ける事によって、曹操が「もしや劉備が裏切ったのでは…」という疑心暗鬼を起こさない為の保険にしておく。

ただ、劉備としてもやはり曹操を100%信用するのも少し恐い所があり、自分の家族の護衛として関羽をつけた。

こういった流れで考えれば本当にこのくだりはすっきりするんですよね。

正直、私は劉備に対して聖人君子のイメージは持っていませんので、陳瞬臣さんの指摘の方がしっくりときます。

本当のところはどうだったかなんてわかりませんし、1800年前の事を事細かく検証する事はほぼ無理でしょう。

だから人それぞれの解釈があって、それが歴史に幅を持たせていると思っています。

私は陳瞬臣さんの劉備と曹操の間に密約があったという説に賛成です。



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