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2009年12月24日

ユダヤ人の迫害と救世主

先日はヒトラーの記事を書きましたが、今回は彼が行った最大の愚行、ユダヤ人の迫害に対し、それを救った人の話しを記載します。

こちらも、私はあまり詳しい訳ではないのですが、ドラマで見たり、人から話を聞いたりして、詳細ではないですが知ってる事を記載します。

真偽の程は確かではないですがという事でヒトラーがユダヤ人だったという説を記載しましたが、本当にこの人がユダヤ人に加えた迫害を見ていると、ユダヤ人を恐れてる?なんて勝手に想像したりしてしまいます。

当然、ユダヤ人を匿った人達も罪になるわけですが、そんな時代に多くのユダヤ人を迫害から救ったシンドラーや日本の杉原千畝は凄いと思いますね。

杉原千畝が救ったユダヤ人達の多くは一旦神戸に入り、そこから亡命していったり、そこで終戦を迎えたらしく、神戸の人達はそんなユダヤ人達を温かく迎えたそうです。

もう15年近く前になりますが、阪神大震災で神戸の方々が大変な被害にあいました。

ご存じのとおり、ユダヤ人というのは優秀な人物が多く、世界で多くの成功者を出してます。

そんな方々が神戸の人達の情を忘れず、多大な寄付金をよせられたそうですね。

助けた側も、助けられた側も本当に素晴らしい話です。

そんな彼は終戦後、ソ連に身柄を拘束され、1年間の収容所生活を送った後、日本に帰ってきます。

日本の外務省に帰ってきた際はユダヤ人から賄賂を受け取っていたとか行った誹謗中傷にさらされ、免官された(但し、退職金は受け取ってます。)との事。

日本政府はあくまで自ら辞めたのであって、彼の不名誉な記録はないと言ってますが…。

彼は1969年にイスラエル政府から勲章を授与され、さらに1985年にはイスラエルより日本人として初めてヤド・バシェム賞を受賞して「諸国民の中の正義の人」に列せられてます。
(現在でもエルサレムの丘にその時の顕彰碑が建っているそうです。)

1991年9月にはリトアニア政府が杉原の功績をたたえる為、首都ヴィリニュスの通りの一つを「スギハラ通り」と命名し、2001年には彼の母校早稲田大学寄贈の記念碑が建立されているそうです。

それに対し、日本政府は1991年10月に鈴木宗男外務政務次官(当時)が杉原千畝の勇気ある判断を高く評価した事と、2000年(杉原の生誕百周年)に外交史料館に杉原の業績をたたえる憲章プレートを設置したのみ。

十分その功績を称えてるとは思いますが、あまりにも遅いですよね。

この遅さを考えると、やはり日本政府は彼を免官に追いやられたんでしょうね。

情けないというか、恥ずかしい事です。

ちなみに杉原千畝が救ったユダヤ人は約6000人にも上り、シンドラーの何倍もいる訳ですが知名度は低く、シンドラーが「シンドラーのリスト」で映画になったのに対し、杉原千畝は終戦60周年記念ドラマとして読売テレビで「日本のシンドラー杉原千畝物語 六千人の命のビザ」という国内ドラマが放映されたのみ。

こんなに素晴らしい二人はやはり同等の栄誉を受けるべきと思います。

誰か杉原千畝の映画を作らないでしょうか…。


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posted by たか at 00:40| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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