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2010年09月02日

曹嵩の死

曹嵩(ソウスウ)は三国志の英雄のひとり曹操(ソウソウ)の父親ですね。

曹操のおじいさんは曹騰(ソウトウ)という大宦官(宦官は去勢された男の為、子を作る事は出来ない)ですので、勿論、曹嵩は曹騰の養子となった訳ですね。
(ちなみに、この曹嵩は夏侯家から来たと言われており、その為曹操と夏侯惇/カコウトン や夏侯淵/カコウエン が従弟と言われてます。)

曹操は宦官の孫という事で色々と言われたり、いじめ(蔑視)を受けたりしてましたが、よくあるいじめられっ子のようにシュンとするんではなく、どちらかというと「もっといじめてもらおうか!!」という強気の男の為、かれは心を病むことなく育ったんですね。

そんな曹操のお父さんはやはり、宦官の子という事をかなり気にされていたようです。

何故宦官の家系が蔑視されたかというと、当時の世の中は霊帝という暗君がまわりに宦官を侍らせ、ひどい政治をしていたんですね。

人々はこれを皇帝のせいではなく宦官のせいだと考えていた為、宦官が憎まれた訳です。

ちなみにそれは正解ですが…。

ただ、霊帝も「霊」という字を使われている事でもわかる通り、たいがいの暗君でしたが…。

この曹嵩という男、子供の曹操がとにかくかわいかったのか、かなり期待していたのか…。

曹操に箔をつける為だけに「大尉」という役職につきます。
(当時の朝廷では三公と言われた最高の役職の一つ。ちなみに他の二つは司空と司徒。)

この時代は霊帝のバカげた政治の為、役職を金銭で売買していたんですね。
(能力のある人物をそのポストにつけるというわけではなかったんですよ。)

曹嵩は大尉のポストを約1億銭出して買ったと言われています。

そこまでして、曹操の為に、曹家に箔をつけたかったんですね。

かなり親バカの部類に入るとは思いますが…。

勿論、箔をつける為だけに買った地位ですので、実際に彼がその役職に就いていたのは中平4年(187年)の11月〜翌中平5年(188年)の4月という、わずか5カ月だけの大尉でした。

本当は1億銭も出して買った役職なんで、もっと長くいてもよかったんですが、当時の世情から言うとかなり不穏な状況だったんですね。

太平道の張角は怪しい動きをしてますし、涼州の方では乱がおこったりしてますし…。

実はこの大尉という役職、兵権を一手に握る役職です。

乱がおこれば当然討伐に行かなければいけないですし、それに失敗すれば当然大尉の地位を追い出されます。

その為、箔をつけるだけの為に就いた役職ですんで長くいるべき役職じゃないんですね。

だから5カ月だけの就任で辞めています。

ちなみに、何故曹嵩が大尉を選んだかというと、三公の他の役職「司空」「司徒」という役職はなかなか空かないんですよね。

大尉は乱の平定の失敗などで罷免されたりするので、結構空きやすいポジションです。

曹嵩が大尉についた際も前任の崔烈(サイレツ)が危険を感じて辞めた為、ポストが空きました。

ちなみに、その前の大尉張温(チョウオン)は涼州で起こった乱の平定を失敗したため罷免され、さらにその前の大尉は張延(チョウエン)で、この人は宦官の謗りを受けて獄死しています。

なかなか危険なポストですよね…。

そんな曹嵩は大尉を辞めた後は隠居して徐州の方に住みます。

子供の曹操はというと、一応自分の基盤と呼べる土地ができ、親孝行をしようという思い(だったと思うんですが…)で、父親の曹嵩を自分の本拠であるエン(字が出ません)州に迎えようとします。

この悪ガキも親孝行をしたかったんでしょうね。

曹嵩は喜んで曹操の元に行く事にしたんですが、徐州の牧である陶謙(トウケン)が曹操に好を通じようとして護衛を買って出たんですね。

配下の張ガイ(字が出ません/チョウガイ)を護衛に選んだんですが…これがあだとなります。

張ガイは曹嵩の百両余りの輜重車に目がくらみます。
(輜重車とは、女性が乗ったり資産等を運ぶ幌が付いた車)

張ガイは曹嵩が休んでいる宿舎を襲い、曹嵩を殺して輜重車を奪って逃げます。

これが曹操の逆鱗に触れ、徐州に攻め込み、一般民衆も含め男女数十万人を殺し、徐州は人はもとより、犬や鶏さえいなくなったという惨状の舞台となってしまいます。

曹操が何故、徐州で大量虐殺をおこなったかはまたの機会にしますが…。

この大尉まで昇った曹嵩の最後は…。

彼は肥った女の人が好みで、張ガイに襲われた際に垣根を飛び越えて逃げようとしたんですが、妾が肥っているので垣根を越えられず、厠所(いわゆるトイレ)に妾と一緒に隠れましたが、当然見つかって殺されました。
(結構、やさしい人ですよね。)

しかも、逃げる際に彼も妾もりっぱな衣装を脱ぎ棄てていたので、斬られてもその男が曹嵩とは気づかれなかったそうです。

位人臣を極め、かなりの富を所有していた男にしてはかなりさびしい最後でした。

別に、資産をいっぱい持っていただけで、悪い事は何もしてないのに…それだけで殺されてしまうんですね。

しかしながら…。

一人の人間が死んだことがきっかけで、数十万人の人が殺されるという…。

本当に怖い話ですよね。

私も歴史の話は色々と読みましたが、ここまで徹底的に(記載がそうなっているだけで、実際よりオーバーに記載しているのかもしれませんが)人民を殺しつくした例はあまり知りません。

曹嵩という男、三国志的にはそれ程メジャーな男ではないですが、歴史の中で本当に大きな役割を割り当てられた人ですね。



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posted by たか at 01:34| Comment(2) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>曹操に箔をつける為だけに「大尉」という役職につきます。

これって正史か何かに記述がある話なんでしょうか?
個人的には納得できる話なんですが、他ではあまり聞かない話なのですが。
Posted by at 2011年01月16日 20:20
私のブログに訪問及び、コメントを頂きまして、誠にありがとうございます。

曹嵩が曹操に箔を付ける為だけに大尉になったという記述は、信憑性の高い資料と言われている物には恐らくありません。
当時の時代背景(宦官憎しという背景)や大尉という役職の危険さ、大尉についていた期間の短さ、曹嵩が曹操をかわいがっていたという状況を考えて「曹家に箔をつける為」という解釈をしている小説や三国志分析本なんかはいくつか見た事があります。

私としては、普通に考えたら大尉につく意味はそれしかないと考えています。

以上、どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by たか at 2011年01月17日 00:33
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